日本・奈良
橘諸兄
平穏を守る果てしない譲歩と、すべてを繋ぎ合わせた実務の軌跡
奈良時代中期、疫病と反乱が頻発する天平の平城京。
崩壊の危機に瀕した国家の舵取りを担い、現実に即した政策で国を立て直した実務家がいました。橘諸兄です。権力闘争が常の時代において、政敵を排除せず共存を選ぶその寛容さは異質でした。
天然痘により政権を主導していた藤原四兄弟が相次いで病死し、政治の中枢が崩壊する未曾有の事態。大納言であった諸兄は、緊急事態の中で右大臣に抜擢されると、政敵であったはずの一族を排除することなく、協調路線をとる「救国体制」を樹立しました。誰もが野心を燃やす権力の空白期において、彼だけが他者を切り捨てる刃を抜きませんでした。
混沌の時代に調和を求め、自らを削り続けた彼の中で、一体何が起きていたのでしょうか。
— noteの記事の導入部分より