元明天皇
一代で「完成させない」という生き方、「無私」という名の永遠
国家の絶対的頂点に立つ者が、自らの死に向けられる哀悼すらも「不要」として切り捨てました。
「死後は火葬にし、喪に服す期間も短くして民の負担を減らすように。立派な陵墓は一切不要である」
これは、飛鳥時代の終わりから奈良時代の幕開けに至る日本を統治した第43代天皇、元明天皇が残した遺詔です。
彼女は、平城京遷都、和同開珎の発行、『古事記』の完成など、日本という国家の骨格を形作る巨大事業を推し進めた時代の統治者です。通常、これほどの偉業の頂点に立てば、巨大なモニュメントを残し、自らの名声を誇示しようとするのが権力者の性(さが)でしょう。しかし彼女には、個人の承認欲求や自己顕示欲が微塵も見えません。
ただ己を「中継ぎ」という役割に捧げ尽くし、静かに表舞台から降りていきました。栄華の頂点にあるべきはずの彼女の内側で、一体何が起きていたのでしょうか。
— noteの記事の導入部分より