聖武天皇
繊細すぎた帝は、なぜ「大仏」を建てたのか。混迷に刻んだ「黄金の秩序」
奈良の都、平城京。
その華やかな建築の裏側で、八世紀の日本は崩壊の危機に瀕していました。目に見えない病が街を覆い、人口の三割が失われたと言われる天然痘の猛威。相次ぐ地震と飢饉。そして、信じていた身内や臣下たちが繰り広げる、血の通った人間とは思えぬほどの権力争い。
その中心で、一人の男が深く苦悩していました。
聖武天皇。彼は歴代の天皇の中でも、際立って「繊細さ」を持ち合わせた人物として語り継がれています。しかし、その繊細さこそが、千三百年後の今も私たちが仰ぎ見る、あの巨大な黄金の仏像をこの世に呼び込む原動力となりました。
彼は、残酷な現実から目を逸らすことはしませんでした。むしろ、押し寄せる災厄の波を全身で受け止めながら、なぜこれほどまでに人は苦しまねばならないのかという問いの底へと、独り沈んでいったのです。
— noteの記事の導入部分より