中国・殷周
周の文王(姫昌)
理不尽な闇の底で、引き裂かれた世界を縫い合わせた孤独な執念
紀元前11世紀、商王朝末期の中国。
西方の諸侯を束ねていた姫昌(のちの周の文王)は、人々の厚い信望を集めていましたが、それが暴君・紂王の激しい猜疑心を買い、羑里(ゆうり)の地へと幽閉されてしまいます。
光の届かない牢獄に閉じ込められ、いつ命を奪われるとも知れない理不尽な暴力の只中。人は通常、そのような極限状況に置かれれば、相手への激しい憎悪に身を焦がすか、絶望に打ちひしがれます。
しかし理不尽な力によって暗闇に叩き落とされたとき、彼だけは押し寄せる憎悪や復讐心というマグマに呑み込まれることを拒絶しました。己の内に渦巻くすさまじい怒りを単なる私怨として吐き出すのではなく、ただ独り、この世界はどう成り立っているのかという根本の理(ことわり)を編み直す思索のエネルギーへと変換していったのです。後に東洋哲学の最高峰『易経』の基礎となる六十四卦へと結実する、世界の繋がりを探求し続けたこの人物の深く閉ざされた内側で、一体何が起きていたのでしょうか。
— noteの記事の導入部分より