ソクラテス
無知という原石から真理を彫り出す者
紀元前399年。
かつて栄華を極めたアテナイは、長期にわたるペロポネソス戦争の敗北と、それに続く「三十人政権」の恐怖政治という深いトラウマを抱え、社会の価値観が根底から揺らいでいました。
そんな重苦しい空気が漂うアゴラ(広場)に、数十年にわたり素足に粗末な衣をまとい、人々に「問う」ことに生涯を捧げてきた一人の老哲学者がいました。名をソクラテス。彼は政治的権力も富も持たない、ひとりの市民でした。その彼が今、国家の神々を信じず青年を堕落させた罪で、ついに法廷の場へと引きずり出されようとしていたのです。
「私は、自分が何も知らないということを自覚している」。
彼は完成された知識を説くのではなく、自らの無知(不知の自覚)を起点とし、高名な政治家や詩人たちの思い込みを容赦なく打ち砕いていきました。その峻烈な問答は、堕落した国家を憂う若者たちの熱狂的な支持を生む反面、自らを智者と自負する権威たちの激しい憎悪を買いました。死刑判決を受けた彼は逃亡を断固として拒絶し、己の哲学と生き様を違えることなく、牢獄で静かに毒杯を仰ぎました。
著作を一切残さなかった彼の言葉と精神は、弟子プラトンたちの手によって語り継がれ、二千年を超える西洋哲学の巨大な源流として今も歴史に屹立しています。
— noteの記事の導入部分より