持統天皇
日本を「形」にした女帝の、凄絶な合理。情を捨てて貫いた絶対の意志
雪深き吉野の山道を、幼子を抱えて歩む一人の女がいました。
壬申の乱という、一族の血で血を洗う極限の殺戮劇。彼女は単なる庇護される妃ではなく、荒野の陣営で情報戦を制し、夫である大海人皇子と命運を共にする、自ら戦局を動かした共闘者でした。
やがて夫は天武天皇として即位し、彼女が手塩にかけて育てた我が子・草壁皇子へと帝王の血は受け継がれるはずでした。しかし、即位を目前にして愛息は早世します。想像を絶する喪失の淵に立たされてなお、彼女は崩れ落ちませんでした。 幼い孫への皇統を死守するため、自ら盾となって長年政務を取り仕切り、ついには皇祖神の権威をまとって自ら天皇へと即位するのです。
「春過ぎて夏来たるらし白妙の衣干したり天の香久山」。
大和の原風景を詠んだこの歌の向こう側に、彼女は何を見ていたのでしょうか。それは、陽光に輝く真新しい藤原京の白壁であり、決して揺らぐことのない中央集権体制という、全く新しい国家の威容です。
人の心の機微や慣習に流される旧来の世界を容赦なく解体し、冷徹なまでに法と戸籍による骨組みを打ち立てたひとりの女性。 自らの情すらも焼き尽くし、日本という国を永遠の形へと押し込める「鋼の鋳型」となった、その壮絶な魂の軌跡を見つめます。
— noteの記事の導入部分より