中国・春秋
曾子
儒学を永遠にしたのは「のろま」の弟子。二千五百年の結節点となった、「峻厳なる定規」
紀元前五世紀、春秋時代の中国。
聖人・孔子が遺した膨大な知の体系を、まるで一滴もこぼさぬよう両手で受け止め、次世代へと繋いだ男がいました。名は、曾参。
のちに曾子と呼ばれるその人物は、天才肌の弟子たちが並ぶ中で、師から「のろま」と評されるほど不器用な存在でした。しかし、その鈍重さこそが、後世にまで響き渡る精神の純度を生み出すことになります。
彼は、自らの内側に決して妥協を許さない「峻厳なる定規」を隠し持っていたのです。
— noteの記事の導入部分より