宋の襄公
古き礼節に殉じた君主が、戦場で支払った美学の代償
紀元前7世紀、春秋時代の中国。
弱肉強食の乱世において、宋という国を治めた襄公という君主がいました。彼は、周囲が実利や武力による支配へと傾くなかで、古い時代の信義や礼節を重んじ、それを武器に諸侯の盟主を目指した人物です。乱世の常識から見れば彼のあり方は異質であり、信義を貫こうとする姿は周囲を惑わせました。
国の命運をかけた凄惨な戦場での出来事です。楚という南方の新興大国と激突した泓水の戦いにおいて、圧倒的な多勢である敵軍が川を渡り始めたとき、側近は「敵が渡河している今こそ攻撃すべきです」と進言しました。しかし襄公は、敵の危機につけ込むような不意打ちは不義であるとして、その刃を向けさせることを禁じたと伝えられています。
彼の内側で鳴り響いていたものとは何だったのでしょうか。
— noteの記事の導入部分より