早良親王
潔白を示す沈黙が、解けない呪縛へと反転する
奈良時代末期から平安遷都への過渡期。
天皇の血筋が激しく入れ替わる平城京の喧騒の中で、早良親王(さわらしんのう)は政治の表舞台を避け、仏門の奥深くで自らの精神を構築し続けていました。
約20年間にわたり南都仏教界で独自の地位を築きながらも、政治の力学によって無理やり還俗させられ、次期天皇(皇太弟)の座へと担ぎ上げられます。しかし、新しい都の造営を巡る暗殺事件に巻き込まれた彼は、最期は一切の無実を訴えながら、自ら肉体を飢えさせるという凄惨な絶食死を遂げました。
血で血を洗う権力闘争が渦巻く時代に、彼だけが、命乞いによる生き残りでもなく、言葉による反論でもなく、自らの命を削る「沈黙」という抗議を選びます。
幽閉された狭い部屋の中で、周囲の勧めを拒絶し、ただ頑なに飲食を断ち続けた十日余り。権力を欲したわけではありません。ただ、自らの拠って立つ正当性と、内なる尊厳が汚されることだけは許せなかったのです。
激動の時代に呑み込まれながら、自らを完全に閉ざして消え去っていく彼の内側で、一体何が起きていたのでしょうか。
— noteの記事の導入部分より