嵯峨天皇
美しい静寂は、冷徹な排除の果てに
9世紀初頭の平安京。
骨肉の情が絡む権力闘争において、風雅を愛するはずの教養人が、誰よりも速く冷徹に物理的な関所を封鎖しました。
父・桓武天皇の時代から続く蝦夷征討と平安京造営により、国家財政は疲弊しきっていました。律令制という国の根幹が実態と乖離していく過渡期にあって、嵯峨天皇は文化の振興と実務的な政治改革によって平安時代初期の基盤を固めていきます。
しかし、彼の歩みには不可解な矛盾が同居しています。
流血を嫌う詩人でありながら、反乱の兆しを見せた肉親に対する非情な武力行使を、ただ一人躊躇わなかったのです。
取り返しのつかない破局を誰より恐れ、守るべき者との絆を断たれたくないと願うからこそ、問題の芽を誰よりも早く切り捨ててしまう。何が彼をそこまで駆り立てたのでしょうか。
— noteの記事の導入部分より