顔回(子淵)
静寂の淵に真理を響かせる古琴
「一箪(いったん)の食、一瓢(いっぴょう)の飲、陋巷(ろうこう)に在り。人は其の憂いに堪えず、回や其の楽しみを改めず」(孔子)
竹の器に盛られたわずかな飯と、ひさごの水。人々が目を背けるような裏路地の極貧のなかにあっても、彼は学ぶことへの透き通るような歓喜を決して手放しませんでした。
顔回。古代中国の思想家・孔子が最も愛し、その精神の奥深くに到達した唯一の弟子です。魯国の君主・哀公から「弟子の中で誰が最も学問を好むか」と問われた際、孔子はこう答えています。
「顔回という者がおりました。怒りを他人にぶつけず、同じ過ちを二度繰り返しませんでした。不幸にも短命で世を去りました。今はもうおりません」
同門の子貢が「私は一を聞いて二を知るのみだが、顔回は一を聞いて十を知る」と畏敬の念を抱いたように、彼の精神世界は他を寄せ付けないほどの静謐さと圧倒的な深みを湛えていました。
彼が三十代の若さで早逝したとき、孔子は「天、我を喪ぼせり(天は私を滅ぼした)」と身をよじって慟哭します。師にとって顔回とは、単なる弟子を越え、説き続けた思想が結実した一つの完全な宇宙そのものでした。
二千五百年の時を超え、孔子が理想としたその精神の奥底で、一体どのような調べが奏でられていたのか。顔回という比類なき人物の、底知れぬ精神の淵を覗き込みます。
— noteの記事の導入部分より