藤原仲麻呂
完璧な設計図に溺れた建築家。美しき法が招いた血塗られた崩壊
奈良時代中期、平城京。
光明皇太后の威光を背景に権力を掌握し、ついには太政大臣として国政の頂点に君臨した最高権力者がいました。藤原仲麻呂(恵美押勝)。
血縁や怨念といった属人的な争いが渦巻く宮廷において、彼だけが国家を「唐風の法治体制」で塗り替えようとした異端の存在です。
彼の眼差しは、生身の人間すらも「国家の秩序を体現する役割」へと昇華させようとしていました。儒教を教え諭す「訓儒麻呂」や、国家の盾となる「御楯」など、息子や娘婿に国家機能そのものを表す名前を与え、要職へと組み込んでいく。情念が渦巻く奈良の宮廷で、彼だけが私情を排し、生身の家族すらも「儒教的理想国家を支える柱」として冷徹に配置したのです。
人間に揺るぎない倫理の体現を要求し、国家という巨大な建造物を支える「徳の柱」として組み込もうとする。その研ぎ澄まされた視線の先で、一体どのような設計図が描かれていたのでしょうか。
— noteの記事の導入部分より