吉備真備
理不尽な世界を生き抜くために、事実と論理で磨き上げた「知の武器」
八世紀の日本。
家柄と血統が人の一生の価値を決定づける貴族社会において、地方の小豪族という身分から、自らの実力と実務知識を武器に正二位・右大臣へと登り詰めた男がいました。吉備真備(きび の まきび)です。
735年、遣唐使船から降り立った吉備真備の荷ほどきの光景は、周囲の目を大いに引いたはずです。 共に海を渡った阿倍仲麻呂が唐の文化に同化し、詩人としてもてはやされる中、真備の船から陸揚げされたのは、華やかな美術品でも珍奇な宝物でもありませんでした。 異国の目新しい品々がもてはやされる時代に、彼だけが国家を運営するための「実務書と計器類」を泥臭く大量に持ち帰ったのです。
強固な後ろ盾がない社会において、国家の骨組みを根本から造り変えるための知識を追い求めた彼。 理不尽な左遷や命がけの渡海を強いられながらも、決して腐ることなく自らの知性を磨き続けた彼ですが、一体どのような執念がその奥底で燃え続けていたのでしょうか。
— noteの記事の導入部分より