慎到
人の善意を信じなかった男が遺した、凡人でも国を回せる「完璧な仕組み」
紀元前4世紀、周王朝の権威と「礼」の秩序が完全に崩壊し、力による領土拡張と殺戮が常態化した中国・戦国時代。斉の都・臨淄(りんし)に設けられた「稷下学宮(しょくかがくきゅう)」には数千の知識人が集い、日々論争(百家争鳴)する熱狂が渦巻いていました。
その中の一人、慎到(しんとう)。
彼は上大夫(高位の称号)として厚遇されながらも、権力闘争や官僚組織に深く身を投じることはありませんでした。ただ、凄惨な現実の背後にある理(ことわり)を探求し続けたのです。
道徳や仁義を説く者が溢れる中、彼は人間の善意を無力なノイズとして切り捨てました。同時代の儒家である荀子から「法に目を奪われ、人間の賢明さや道徳の価値を全く理解していない」と激しく糾弾されても、彼は人間の力量に依存する政治の危うさを訴え続けたのです。
なぜ彼は、人間らしさをそこまで徹底して拒絶したのでしょうか。
— noteの記事の導入部分より