荘子
万物と踊り、虚空を遊ぶ「自由への旋律」
紀元前4世紀、中国は血で血を洗う戦国時代の只中にありました。諸子百家と呼ばれる数多の思想家たちが、いかにして国を富ませ、乱世を生き抜くべきかを時の権力者に説いて回った時代。しかし、荘子はそのような息の詰まる重苦しい空気から一人、ふわりと抜け出していました。
夢の中で蝶になり、目覚めて自分が蝶の夢を見ている人間なのか、人間の夢を見ている蝶なのかを疑う。そんな「胡蝶の夢」のエピソードで知られる彼は、老子の説く『道(タオ)』の世界観を受け継ぎながらも、それをさらに奔放に、そして軽やかに羽ばたかせた哲学者です。
ある時、楚の国の王から「我が国の宰相として迎え入れたい」と使者が訪れた際、彼は水辺で釣り糸を垂らしたまま、振り返りもせずにこう答えました。「死んでから煌びやかな布に包まれ、廟に祀られる神聖な亀と、泥の中で尻尾を引きずりながらも生きている亀。どちらが幸せだろうか? 私は泥の中で尻尾を引きずって生きる道を選ぶ」と。
世俗の出世や名声、他者からの評価という「重力」を笑い飛ばし、無限の時空を遊ぶ「逍遥遊(しょうようゆう)」の境地。地位や常識に縛られていた当時の人々にとって、彼の紡ぐ言葉は、窮屈な牢獄に吹き込んだ「大空を舞う一陣の風」だったのです。
— noteの記事の導入部分より