老子
無為にして化し、淡くして尽きぬ「一(いつ)の旋律」
周の都、薄暗い守蔵室(図書室)の奥深く。老子は、うず高く積まれた古今東西の竹簡を静かに見つめていました。そこには、歴代の王たちが権力を求め、智謀を尽くし、そして滅びていった記録が無数に刻まれています。彼は、人が良かれと作為を重ね、礼節や仁義といった文明の法を築き上げるほどに、かえって世は乱れ、天地の理(ことわり)から遠ざかることを見抜いていました。
「大道廃れて仁義あり」。水が高いところから低いところへ流れるように、万物には本来、抗うべきではない自然の道筋があります。作為という名の濁流が不協和音を轟かせる戦乱の世にあって、青牛にまたがり夕闇の向こうへと去っていった彼の足跡は、「無」の中にこそ無限の「有」が宿るという真理を、一つの透き通った調べとして今も私たちの胸の奥に響かせています。
— noteの記事の導入部分より