斎藤道三
乱世を射抜く「合理」という名の征矢
一滴の油も漏らさぬ緻密な手つきで、一文銭の穴へと黄金色の筋を通してみせる。「これは単なる修練による慣れに過ぎぬ。武芸もまた同じこと」。かつて京都の山崎で油を売っていた商人が放ったその言葉は、のちに美濃一国を呑み込む果てしない野望の幕開けでした。 父・新左衛門尉が蒔いた種を、子が「蝮(まむし)」として狂い咲かせる。
斎藤道三。近年の研究により、この壮大な国盗りは親子二代の合作であったことが史実として浮かび上がってきました。
しかし、歴史が彼らの生き様を「道三」という一つの名前に集約し、伝説として語り継いできたのには理由があります。それは、既存の価値観を根底から疑い、己の知性と意志だけを羅針盤とした、極限の生存戦略の体現者としての姿です。
— noteの記事の導入部分より