壬生忠岑
三十一文字に削り出した反逆。不遇の底で「美」を体系化した編纂者
家柄や血筋がすべてを決する平安時代前期の貴族社会。
その華やかな宮廷の片隅に、右衛門府生という下級の身分でありながら、己の才覚ただ一つで国家の歴史的事業『古今和歌集』編纂の末席に名を連ねた男がいました。|壬生忠岑《みぶ の ただみね》。
同僚の紀貫之らが従五位という貴族の身分へと昇っていく中、彼は生涯を通じて低い階層に留め置かれます。しかし、彼はその理不尽な身分制度を前にして、嘆き悲しみ、筆を折ることはありませんでした。彼が選び取ったのは、自身の行き場のない悔しさや絶望を、三十一文字という極小の枠組みの中に閉じ込め、圧倒的な美の結晶へと昇華させることでした。
権力では決して覆せない絶対的な「表現の質」によって、閉ざされた世界に抗い続けた彼の内側には、いかなる炎が渦巻いていたのでしょうか。
— noteの記事の導入部分より