趙の武霊王
異端の変革と、すべてを焼き尽くした一滴の情愛
紀元前4世紀末から3世紀初頭の中国、戦乱が続く趙国。
ゆったりとした伝統的な衣服と戦車戦が文明の証とされた中華世界において、野蛮な異民族の風習を取り入れる「胡服騎射」を断行し、国を強大化させたのが趙の武霊王です。 一国の絶対的な権力者でありながら、自ら丈の短い異民族の服を着て馬上の弓術を実践し、さらには働き盛りで玉座を幼子に譲り、軍事に専念する「主父」を名乗るという彼の行動は、同時代の人々の目にあまりにも異常に映りました。
その異質さが極まったのは、彼が秦の王宮へと足を踏み入れた瞬間です。王たる者が安全な玉座から動かぬのが常識であった時代に、彼だけは最大の脅威である秦の国情と王の器を直接確かめるため、自ら使者に扮して敵国の中枢へと潜入しました。
死と隣り合わせの極限の危険に身をさらしながらも、彼はなぜこれほどまでに常識という名の柵を越え、狂気にも似た跳躍を繰り返さなければならなかったのでしょうか。その胸の奥底で、一体どのような渇望が燃えたぎっていたのでしょうか。
— noteの記事の導入部分より